実家から帰ってきてからというもの、着々とベビーの寝る時間が遅くなっている。
そもそも帰ってきた週始めから旦那の終電帰りが続き、夜中の変な時間に起きるために朝がどうしても遅くなっていた。もちろんベビーも遅くまで一緒に寝ているので、体内時計が徐々に変わっていっているのかもしれない。
昼夜が逆転したまま幼児時代を過ごすと切れやすい子になったり情緒不安定になるという話を聞いたことがあるので、ちょっと心配なところ。ここ数日はなんとか早く寝かして早く起こそうと努力しているのだけど、朝起きてベビーが寝ている間にできる限りの家事をやってしまおうという作戦なので長く寝ていてくれるほうが助かることと、何と言っても起こしにくい...気持ちよさそうにかわいく寝ているのにどうして起こせようか。>(笑)
そんなわけで、今日も早く起こす作戦は mission failed に終わった。明日こそは頑張るぞ〜い
すっかり明日だと勘違いしていたけど、24日でブログも1周年を迎えていた。
始めた頃はブログの本も買ってかなりやる気だったのだけど、今じゃすっかり…という感じ。ま、仕方ないか。
そういえば、ブログを始めた頃はこのマシンを買った頃だったなぁ。そう思うとまだ1年なんだ。この1年は妊娠&出産があったのですごく濃い1年だったと思う。なんて、まるで年初めみたいな内容になっちゃうんだけど(^^;
ともかくこれからも頑張ります。
ベビーが家に来てからというものにゃん太郎はすっかり怯えて暮らす日々。もちろん当初に比べればずいぶんとましにはなったけど(慣れてきたけど?)、まだやっぱり眠っている時以外は近くに寄れないみたい。そんななかやっと隠れ家を見つけたみたいです。

ここは開かずの間なんだけど、最近はますます開かず度が増してしまいました。いつか普通の部屋に戻る(?)日が来るのか!?巨大な納戸になっちゃったりして(汗)
ちなみにベビーにはまだにゃん太郎は見えていないような。見える位置にいることも稀だということもあるけど、ちらつく影ぐらいにしか映ってないんじゃないかなぁ。この先はどうなるのかな。
ベビーとともに帰ってきてからやっと1週間。かなりハードな生活が続いている。
いちばん辛いのは何と言ってもご飯の食べるタイミングが難しいこと。不思議なことに夕ご飯が完成すると激しく泣き出す傾向が…。こういう時は焦ってあやしてもいい結果は出ないので、ご飯を食べるのをひとまず諦めてあやしに専念。けれど頭にはご飯のことがあるから気もそぞろ。それを見越してかベビーもなかなか落ち着かない。やっと落ち着いても食べ出すとまたギャ〜なんて感じで結局泣かせたまま食べてしまうこともしばしば。
いつかゆっくりご飯を食べれる日が(あとお風呂にゆっくり入れる日が)来るのだろうか…来るんだろうけど。
実家での最後の週に旦那が来た時に「デジカメ、デジカメ」とデジカメを探しに来た。ベビーは室内にいるのに何を撮るのかなぁと思ったら、なんと車の上にカマキリ出現!

これを撮った後、飛びかかられたそうです。こんな立派なカマキリも久しぶりに見ました。>実物は見てないけど(笑)
ちなみに…
私が帰る3日前にツバメにも赤ちゃんが生まれました。巣立つまでいられなくて残念!きっと次に行った時には巣立っちゃった後だろうなぁ。

親鳥がヒナに餌をあげているところを撮ったけど、どれがヒナ!?(汗)
ウチのベビーは声が大きい。>たぶん
それで泣き出すとすごく大きな声で泣くのだけど、抱き上げてみるとすぐに泣きやんでご機嫌になることが多い。そんなわけで(?)ベビーの泣き方をゴン太泣きとウチの母親が命名した。どうやらうそ泣きみたいな意味合いらしいのだけど詳細は不明。「ゴン太泣きして、本当は悲しくないんだから」と言うのが口癖になっている。
週末に旦那がやってきた時に私がベビーのことを「ゴン太」と呼んでいたら不思議そうな顔をしていた。まあ無理もないか。実家から帰って手間をかける人が減るとゴン太泣きの日々が続きそう(汗)
出産後の長期滞在もいよいよこの週末で終わり。一時帰宅は経験したけど、いよいよ鎌倉での生活が始まる。本当はもう半月は早く帰る予定だったところを甘え&こっちでのごたごたなんかもあって長逗留してしまった。相変わらず親に頼りっぱなしなので不安は募る一方。本当にやっていけるのだろうか?
それにしても今回は本当に長い期間を実家で過ごした。おそらく今までで最長だと思う。実家で長く生活してみると元の生活に戻ったときに話し相手がぐっと減って孤独になるんじゃないかが心配。もちろんほとんど一人でベビーのことをできるかも心配なんだけど。育児ノイローゼにならないかなぁ(汗)なんて心配をしていると母親に怒られてばかりの今日この頃です。とほほ。
デジカメでベビーの写真を何枚も撮るけれど、「これいいね」と思える写真は結構少ない。

最初は寝ているだけだったから撮るのもラクチンだったけど、その頃はむしろ表情も乏しかったのでそんなに何枚も撮ったりしなかった。最近は表情のバリエーションも豊かになってきたのでシャッターチャンスを狙っているけれど「今だ!」と思ってからじゃ手遅れのことが多いし、不思議なことにカメラ越しにみるとかわいさも半減しているような?そのうちにコツなんかが掴めるんだろうか(謎)
実家の近所で見つけた気になる看板

かなり昔からあるものなんだろうか?
この辺は確かに田舎だけど狩猟区だったという話は聞いたことはない。それにこれが立っている場所は、整地になっているような場所なんだけど。VOWに投稿できるかなぁ(笑)
最近、ウチのベビーはよくしゃべるようになった。
と言ってもハッキリと「何を言っている」と分るほどではないのだけど、一生懸命何か言いたいんだろうなぁ〜(あるいは伝えたいんだろうなぁ〜)という感じ。実際に言葉が出てくるのはいつごろなんだろう?
最初の頃、ウチの旦那は第一声に「パパ」と言って欲しくて自分の宣伝に頑張っていたけれど、なんとなくウチの父親に押され気味。ウチのベビーはおじいちゃんがお気に入りのようで、おじいちゃんといるとご機嫌だしよく笑ったりしゃべったりしている。そんなわけで最近では「パパ」は「おじいちゃん」より先に言ってもらえるかのほうが深刻になってきた。ちなみにベビーは寝起きが特にご機嫌なのだけど、そのタイミングを狙ってウチの妹も自分を宣伝している様子。激しい(?)攻防の結果は果たして…!?
昨日の引き続きマンガネタ
「フルーツ果汁100%」の名前を思い出そうとして頑張って思い出せたのは「星の瞳のシルエット」。こっちの方が漫画的には古い時代のものなんだけど、お気に入り作品として記憶に残っていて思い出せたのはこっちだけでした。連載はりぼん。作者は柊あおい。デビューの時からお気に入りの作家だったけど、ジブリ作品の「耳をすませば」で一躍有名になってしまいました。
「星の瞳のシルエット」は作者の名前もタイトルも、そしてお気に入りくんの名前もしっかり覚えておりました。相変わらず主人公(ヒロインって言うのかしら?)の名前は覚えてないんだけど…(汗)
作品のファンサイトで登場人物のコメントを読んでいたら、私の好きだったお気に入りくんは「ちょっと軟弱風じゃない?」と思えなくもないのですが、そこが良かったんでしょうねぇ。やっぱりこちらも懐かしさ大爆発です。
先日、猫の名前を颯太と名付けたと書いたけど、その名前は当時お気に入りだった漫画から来ている。ところが、ブログにそのことを書こうと思ったけどタイトルも作者も思い出せなかった。とても鮮明に覚えているつもりだったのに、実際に覚えていたのは絵の雰囲気と颯太という名の男の子が出てくるということだけ。もちろん主役じゃないことはわかっていたけど、その作者の漫画をずっと気に入って読んでいたので、どういう子が主人公だったかもうろ覚え。ちなみになんとか颯太くんは覚えていたのだけど。
とりあえず当時連載していた白泉社のLaLaのサイトへ行ってみた。あまりにも漠然と行ったために何の手がかりも得られなかった。>当然か
ちなみに、なかじ有紀や樹なつみがまだ現役と知って驚いた。懐かしいなぁ。最近はどんな漫画を描いているのか気になるところだけど。
結局、「LaLa」と「颯太」でぐぐってみることにした。すると他所様のサイトでタイトルを知ることができました。そうそうタイトルは「フルーツ果汁100%」。作者は岡野史佳でした。作者のファンサイトで作品一覧からストーリーを見てみると「そうそう、こういう話でした(笑)」という感じで淡い青春時代を思い出しました(笑)
作品一覧を見てみると私は'93までこの人の漫画を読んでいたようだ。まだ漫画を描いているようだから最近のを探して読んでみようかな。絵の感じとかはどうなっているのか、ちょっと興味津々。
私は「花とゆめ」から始まって「LaLa」に至ったわけだけど、当時この雑誌を読んでいるのはかなり限られた人たちだけだった気がする。いわゆるマニアックな漫画群だったような(マニアックって死語っぽいけどどうなんだろう?)。今ではすっかり「花とゆめ」も「LaLa」もポピュラーな漫画になっちゃってるんじゃないかと思うんだけどね〜。
父親の知り合いからサトウニシキが届いた。
サトウニシキって佐藤錦とも書くみたいだけど、やっぱり佐藤さんが作ったのかな?
噂ではちょっとでも結構いい値段がするらしく「届いた時にいれてラッキーだね〜」とのこと。ちなみに届いた日には旦那もいたので、これはウチの父親が旦那に言ったセリフ。
さてお味のほうは…?

みずみずしくてとっても美味しかったです。
昨日、実家の猫が死んだ。
この猫は私が高校生の頃に家に迷い込んできた猫で、私が颯太という名前を付けた。かなり長生き猫なので、最近では夏や冬が来るたびに「この夏を(あるいは冬を)越えることができるかなぁ」と心配だったけど今回まで無事に過ごしてきた。そういう心配をしていて心のどこかで「もしかしたら」という気持ちがあったにもかかわらず、やはりその事実に直面した時には大きなショックを受けた。こんなことを言っても後の祭りだけど「もう少しなんとかできなかったのか」と後悔の念が後を絶たない。
今は長く実家に滞在して今まで以上に長く颯太と過ごすことができた。それがせめてもの救いにはなったと思う。最期の時にそばにいてあげることができてよかった。
ウチの実家は駅前にある。>くどい?
駅には無料のだだっ広い駐車場がある。停っている車の数はかなり少ないけど。
今朝、起きてみるとその駐車場でテニスをしているではないか!しかも、テニスをしているのは地元の女子中学生(と思われる。たぶん、高校生ではないと思うんだけど)。おそらくテニス部。
実家の側にはテニスコートがあってどうやらそこで部活をやっているみたいなのだけど、人数が多いので駐車場でまで練習しているようだ。きっと先生がそうさせているんだと思うんだけど、いいのか?
夜に電車で帰ってきて車に乗ろうとしたらキズが…なんてことがないのかな?他人事ながら心配になってしまう。
そうそう、今どきはもうブルマじゃないのね。へぇ〜